これは三ヶ月と少しの観察の記録。

 

人が住んでいるとは思えない

 去年の夏に引っ越した。それまで住んでいたところは駅から近くて気に入っていたが、少し狭くて家賃が高かった。引っ越した先は都心からは少し離れていて、これまでよりも安い家賃で倍以上の広さなのでそれなりに満足している。

 安いだけあって古い部屋だ。たしか築四十年くらいだったと思う。内装はリフォームして数年しか経っていないので綺麗なんだけど、夏は暑くて冬は寒い。住み始めたのは夏も終わりかけていたころで、エアコンをつけないとサウナ状態だった。内見のときは比喩でなくサウナと同じくらいの汗をかいたのを覚えている。

 木造なので防音は期待できない。テレビをつけていないと隣の部屋の人の話し声が聞こえてくる。隣人はどうやら大学生の一人暮らしのようで、友人や彼女が遊びに来たとき以外は基本的に静かだ。友人が大勢で遊びに来ているときなんかは騒がしいけれど、それくらいの方がこちらも気をつかわなくていいのでむしろありがたい。

 そんなわけで隣の部屋には多少の気を使う必要があるのだけど、足音は気にしなくていい。下の部屋は空室……いや、人が住んでいるとは思えないのだ。電気がついているのを見たこともないし、人の気配がまったくしない。一応表札は出ているものの、ポストはチラシで溢れていて、たまにこぼれ落ちて雨でぐちゃぐちゃになっているものを拾って処分することもある。

 

 

カーテンのむこうに何がある

 人が住んでいないと判断したのにはもうひとつ理由がある。窓から見えるものが人の住んでいる部屋のそれではないのだ。

 もちろん他人の部屋をのぞき込むようなことはしない。いや、それに近いことはしているし、想像するという意味ではすでに立ち入ってしまっている。窓から見えるのはカーテンだけだが、そのカーテンに気になる特徴があった。カビだらけなのだ。白いレースのカーテンが見えるのだけど、下から四分の一くらいが黒カビに侵されている。

 カーテンと窓がひどい状態だ。万年床で布団をカビさせたことがある私もこれには少し驚いた。毎日寝る場所とただの窓とどちらがマシかといわれれば、窓の方がまだマシだという気がしないでもないが、ベッドを買うことでその問題は解決したし、今は布団だけどそれもどうにか畳むことを覚えた。私は成長している。

「人が死んでるんじゃないか」

 ふとそんな考えが頭をよぎった。この部屋は人の気配こそないものの表札もでている。カーテンがあるので中の様子は見ることができないが、カーテンがあることからも空っぽというわけでもなさそうだ。それに空室なら管理会社なり大家さんなりがある程度掃除をしたり立ち入ったりするんじゃないだろうか。以前住んでいた部屋の隣が半年ほど空室だったことがあったが、ポストはチラシを入れられないようにテープでふさがれていたし、二ヶ月に一度くらいの頻度で誰かが出入りしている様子だった。つまりここは空室ではなく、誰かが借りている部屋なのだ。

 倉庫だろうか。かなり安い部屋なので、近所に住んでいる人が物置代わりに使っているという可能性はある。しかしそうだとしても何ヶ月経っても荷物を置きにも取りにも来ないのは不自然だ。

 

何かの間違いで人の顔のようなものが写らないかな

 ふと思い立って写真を撮ることにした。記録は金のかからない趣味だ。記憶力が非常に悪い私にとって、写真を撮ることは自分の記憶の補助の側面がある。基本的に面倒なことが嫌いなのでメモをとったりはしないのだけど、写真を撮るだけなら簡単だ。立ち位置を決めて、数週間に一度、思い出したときに同じ姿勢で写真を撮ることにした。

 

 始めたときはまだ夏の暑さが残っていた。今では部屋に濡れタオルを吊るしているくらいだけど、このころはまだ湿度も高かった。上の写真は最初に撮ったときから一週間ほど経ったものだ。違いはみられない。もしかしたら湿気でカビがさらに繁殖してカーテンの模様が変わるのではないかと期待していたのだけど、さすがに一週間は短すぎた。私だって布団を畳めるようになるまで二十数年かかったのだ。カビにそれ以上のスピード感を期待してはいけない。

 写真を撮り始めたとき、カビの成長の様子を見て楽しむ以外にももう一つ期待していることがあった。何かの間違いで人の顔のようなものが写らないかなと考えていたのだ。

 この写真は開始から二週間後のもの。しわの形がまったく変わっていないことから誰も触れていないことがわかる。

 もちろん心霊写真なんて信じていない。基本的にインチキだ。仮に霊がいたとして、こちらの想像力の及ぶ範囲の動きをするはずがない。物語としてのオカルトは好きだけど、テレビで芸人が得意げに手相の話をしているのを見るとチャンネルを変えるくらいには嫌いだ。

 信じているわけじゃない。ただそうなったら面白いと思っているだけだ。

 一ヶ月経っても変化はなかった。ちょうどこの写真を撮ったころ仕事を辞めた。私はカビよりずっとスピード感がある。

 

 しばらく撮っていなかったので、これで開始から二ヶ月だ。

 カビに期待し過ぎていたのかもしれない。すっかり気温も下がって、湿度も低くなってしまった。カビの繁殖する条件にはそぐわない。あるいは誰かが出入りしていれば、暖房を使うことで部屋が温まり、窓の結露でカビも成長したかもしれないが、この二ヶ月間人がいた形跡はない。ポストのチラシは溢れたままたまに地面にこぼれ落ちたものを処理するだけで、一向に減る気配はない。

 二ヶ月半。ここで少し変化があった。カーテンではなく、ポストの方だ。溢れていたチラシがなくなっていた。誰かが来たらしい。部屋の借主か、大家さんか、管理会社の人だろうか。外出するとき郵便配達の人に出くわして、この部屋のポストに郵便物を入れているのを見たことがある。大家さんや管理会社の人がチラシを処分したのなら、その郵便物も一緒に処分してしまったかもしれない。

 チラシを処分した誰かは、おそらく部屋には入っていない。カーテンのしわがまったく動いていないからだ。

 

 調査開始から三ヶ月。年が変わったその日、今までにない大きな変化があった。前回のポストの比ではない。ただそれは期待したものではなかった。

 例の部屋に電気がついていたのだ。人がいる。どういうことだろう。何ヶ月も誰一人立ち入らなかった部屋に、人の気配がある。

 

うちのしたには人が住んでいる

 翌朝、ゴミ捨て場には大量のゴミが捨てられていた。やはり倉庫代わりに使っていたのだろうか。ダンボールと

「死んでなかったんだ」

 ほっとしたような、少し残念なような不思議な気分だ。ここに死体はなかった。いや、わからない。住人は死体を処理しに戻ってきただけかもしれない。おそらく正月が終わればまた誰も立ち入らない部屋に戻るのだろう。もしかしたら人が死んでいるのかもしれないという想像をしなければ、カーテンのカビはただのカビになってしまうのだ。写真に撮って面白いものではない。そもそも他人の部屋の写真だ。ただのカビの写真を撮り続けるのか、このまま記録を続けるのか、どうしよう。どうだろう。何も見なかったことにしてしまおうか。

 うちのしたでは人が死んでいる。たぶん。

 

 


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能登 たわし

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