面白い人は必ず印象的な思い出話(エピソード)を持っている。これまでほとんど思い出話をしたことがなかった自分も、思い出話ができるようになりたくなった。

 

ブログを読むのが好きだ。内容はなるべく個人的なものがいい。

そんななかでも好きなのが、思い出話だ。面白い人は思い出話をするのがうまい。「学生のころ住んでいたところの近所に変な居酒屋があって」とか「中学時代にヤンキーに改造制服を売っていたことが」みたいなちょっと変わった、それなのになぜか懐かしく感じるようなお話が好きなのだ。

わざわざ大きな声でいうようなことではないかもしれないが、これまで生きてきてほとんど思い出話をした覚えのない自分にとって大きな発見だった。

大学の友人で一番喋りがうまいMなんて、飲み屋で話す話題の半分は思い出話だ。まったく会ったこともない彼の友人やかつてのバイト仲間のエピソードが次々に出てくるが、それがどれも面白い。

自分も同じように話してみたいと思ったのだけど、困ったことに経験がない。思い出話童貞なのである。記憶力がものすごく悪いのと、他人に話すような強烈な体験をしていないこともあって、手持ちがゼロ。記憶力がどれだけ悪いかというと、中学を卒業して半年後、スーパーで「ひさしぶり!」と話かけられた友達のことをまったく思い出せなかったことがあるくらいだ。これは心の冷たい人間だということではなく、記憶力が悪いという説明なので勘違いしないでいただきたい。

 

まずは聞いてみよう。

身につけるためにはマネをするのが一番だ。ちょうど人に会う機会があったので、「何か思い出話をしてみてほしい」とお願いしてみた。

Aくん――お笑いの構成作家を目指してスクールに通っていたことがある。
Yさん――めちゃくちゃ愉快な女性。
Uさん――背が高い。この日が初対面。
Sさん――大阪生まれ大阪育ち。二年ぶりくらいに会った。

その日会ったのはこの四名だ。最初は「思い出話かー」と戸惑っていたけれど、一人が話始めると「そういえば」と他の人も続けて話始めた。まずひとつ『思い出話は連鎖する』というヒントを得ることができた。

あらかじめ断っておくけれど、居酒屋で飲みながら聞いた話でメモもほとんどしていなかったので記憶を頼りに再構成した話になっている。

 

『ヒーローショーのお兄さん』(Yさん)

まだ小さいころ、誕生日に後楽園遊園地に連れて行ってもらって、ヒーローショーを見てから外食するのが毎年恒例になっていたんです。ヒーローショーの演出がかっこよくて、司会のお兄さんに「みんなでレッドを呼ばなきゃ」と言われて「レッドー!」って声を揃えて叫ぶと、遊園地のアトラクションに乗ったレッドが仁王立ちして登場したりして、大好きな日でした。「後楽園遊園地で僕と握手!」なんてCM知りません? その頃はスーツアクターの人だけじゃなくて、本当にテレビに出てる俳優さんがショーもやってて、照英に握手してもらったりしたんですよ!

ヒーローは毎年変わるんですけど、司会のお兄さんは毎年一緒でした。お兄さんっていってもたぶん40はこえてるくらいだったと思うんですけど、白髪混じりの長い髪を後ろで結んでポニーテールみたいにしてる人で、毎年見てるからけっこう印象に残ってたんですね。

私は大きくなってヒーローショーからは卒業したんですけど、今度は弟が戦隊ヒーローを見る年になって、何年かぶりにやっぱり家族で後楽園のヒーローショーを見に行ったんです。でも、司会の人は変わってて、お姉さんになってました。私が見に行ってなかった数年の間に辞めちゃったのかもしれません。「そっか、お兄さんもういないんだ」とがっかりしたのを覚えてます。

それからまた何年か経って、隣町のイトーヨーカドーまで友達と一緒に自転車で買い物に行ったとき、広場の方からなんか聞き覚えのある声が聞こえてきたんです。そこではヒーローショーをやってました。そうなんです、舞台のうえで司会をやってたのは、あのポニーテールのお兄さんでした。

 

いい話。まさに思い出というべき印象的な話だ。「よかった」「よかったねえ」と口々に言ってしまうような心あたたまるエピソードだ。

 

この話から得られるヒントはこんな感じだろうか。

 

これだけじゃない。もうひとつある。

 

照英がでてきた瞬間「照英!」と反応してしまった。照英世代なのだ。照英と聞けば照英が全力で泣いている姿が脳裏にありありと蘇る。何度も目にし過ぎて焼き付いてしまっているのかもしれない。照英は面白い。自分で話をするときも、機会があればどんどん照英を登場させるべきだ。

 

ウーロン茶がおかわり自由で下戸の自分にはものすごくありがたい店だった。

 

 

『山道で』(Sさん)

友達と一緒にちょっと遠出したとき、車で山奥の道を走ってたんだ。本当に何にもない場所で、時間も遅かったし、周りはほとんど真っ暗だった。そしたら山のずっと向こうの方に急に明るいところがあって、近づいてわかったんだけど、めちゃくちゃイルミネーションしてる建物があって、それが目立ってたんだよね。

それで何の建物なんだろう、って看板見たら名前が『隠れ家』って……「全然隠れてない!」

 

「30秒くらいのコンパクトなのならたくさんある」と言っていたSさんの話。宣言通りスピーディーで面白かった。語り口による部分がかなり大きいので、うろ覚えで書いた上記の文章でどこまで再現できているか不安である。

たくさんある、と言っていたSさんはエピソードになりそうな印象的な出来事はメモをして残すようにしているらしい。

 

やっぱりに何もない状態で、思いつくままに話してうまくいくものではない。いい思い出話をしておきたいのなら、ある程度ストックしておく必要があるのだ。

そういえば前述の口が達者なMも、家に行ったら粘土でつくった像が飾ってあったので「これ何?」と聞いたらすぐに「小学校のときにつくったやつでさ」と話を始めたことがある。マグワイアの像だった。あれも今思えば話したいネタがあって、それを話すためにわざわざ目立つところに置いていたに違いない。

 

居酒屋でおでん頼んだとき、何をとるか迷うよね。

 

 

『TENGAの面接』(Aくん)

就活のとき、TENGAの面接に行ったんですけど~。

会社のなかに入ったら、中で白熱した議論をしてるのが聞こえてきて、いい会社だなあって思って何となく耳を澄ませて聞いてみたんですよね。そしたら聞こえてきたのが……。

「ここがGスポットにあたるんだよ!」

ちょうどirohaの開発をしている時期でした。

 

Aくんは大学の同級生なので、この話も何度か聞いたことがある。しかし何度でも飽きずに聞けてしまう。この話で一番好きなのは話はじめの「TENGAの面接に行ったんですけど~」の部分だ。TENGAの面接。そりゃあるのだろうけど、考えたこともなかった。

やっぱりTENGAという言葉の持つ力はすごい。Aくんは結局まったく違う業界に就職したのだけど、こうして他人に話せるエピソードとしてこのときに経験は生かされている。

 

こうして書くと当たり前だ。とにかく他人がしていないような経験を、自分から積極的にしにいくのは、のちに思い出話につながる。面白い思い出話がしたいなら、機会があるときは面倒くさがらずに飛び込んでみるべきだろう。人生をよりよくする方法として語られると「うるせえ」となるが、思い出話をするためと考えるとかなりいい。

 

 

アラサーになってもカラシもワサビも苦手なままだし酒も飲めない。

 

 

高校のときの友達の話(Uさん)

下ネタでいいならひとつあるんですけど、高校のときの友達にちょっと変なやつがいて、そいつオナニーするときにゴムつけてやってたんです。

で、それを聞いた友達が、「真面目だな!」って。

真面目ではなくないですか。

 

この話がこの日一番面白かった。

ゆったりとした語り口と、「真面目だな」のときの表情はどうしても再現できないので、面白さのすべてを伝えられているとは思えないが、それを差し引いても十分に面白いエピソードだ。

あまりに面白いので「この話何回もしています?」と尋ねると「7、8回くらいは」との返答があった。やっぱり。

 

始めはうまく話せなくても、あるいは何かしらの手ごたえがあった話は何度かしてみてどんどん洗練させていけばいい。そうして『鉄板』の思い出話ができれば、あとは機会さえ待てばいいのだ。

 

この話にはもう一つヒントがあった。

 

エピソードになるような強烈な人物が友達にいると、思い出話に困らなくなる。

この場でも「強烈な人物といえば……」ということで、「嫌な雰囲気になったとき無言でドラミングする人」「豆腐と間違えてメラミンスポンジに醤油をつけた人」「ゴキブリがでてきたとき慌てて「こんにちは」と言った人」のエピソードが連鎖的に語られていった。

ちょっと変わった友人がいるのなら、大切にするべきなのだ。

 

 

最初に聞いたときは「ないなあ」と言っていたAくんも、酒が入ると饒舌になった。

 

他にも「バスケ部で、180㎝の双子が入部してきた」「連想ゲームの連想ゲームであだ名の原型がなくなった」「野球に飽きた子供が野球場でパワプロを始めた」など、印象的なエピソードが口々に語られた。

何度も会ったことのある人でも、「何か思い出話ってありますか?」とふってみると意外な一面を知れる話が聞けるかもしれない。みんな思い出話が好きなのだ。聞くのも楽しいけど、話すのもやはり楽しいらしい。

 

 

ところでこの記事の最初の方に、記憶力が悪くて半年ぶりにあった友達のことを思い出せなかったという話を書いたのを覚えているだろうか。そう、これもある意味思い出話なのである。

これとまったく同じ話をこの日にも「いやあ~記憶力悪くて思い出話とかできないんですよ」と話したとき、Sさんに「その話が思い出話じゃん」と言われて気づいた。

 

同様に途中で書いたMくんのマグワイアの話もそうだ。

その場で思い出して話すことはほとんどできないが、こうして文章でならどうにかならなくもない。喋りは下手だが文章ならいける。思い出すきっかけさえあれば思い出話もできるかもしれないのだ。あとはあらかじめ準備しておけるかどうか。

 

これまでに得たヒントを活かして、今後のために思い出話をひとつ準備しておこう。

 

 

思い出話(能登たわし)

高校生のとき友達に強烈な照英がいたんですけど、強烈な照英はちょっと変わってて、オナニーするときゴム被ってするんですよ。いや、ちんこじゃなくて顔に。オナニーすると泣いちゃうらしくって、床を汚さないようにつけてるらしいんです。

で、照英のオナニーを見てる180㎝の双子がいるんですけど、その双子もけっこうアホで、照英から精子が出てきたらびっくりして「こんにちは!」って言っちゃって。そいつらもう死んでるから挨拶はいらんのに。

 

 

精進します。


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能登 たわし

能登 たわし

ローストビーフ丼って見た目ほどおいしくない。