・・・ある街のこと。

 何十年も昔から、駅前の一等地にはぽっかりと不自然な空き地があった。簡素な板塀で区分けされ、気休め程度に整地されただけの何も無い土地。 

 そしてその小汚い男も同じようにずっと、そこに立っていた。小汚い上着のフードを常に目深にかぶり、表情はうかがえない。帰る家もなく眠るための寝床もない。男はただ立っている。食事や用便もその場で済ませたので、人々はたいそう嫌がった。

 ただ立ち尽くしながら男が何をしているのかといえば、犬の散歩用と思しきリードを大事そうに大事そうに握っている。そしてリードの先端には犬ではなく、足元の地面に打った杭が繋がれている。

多くの人が訝しみ、わけを問うた。どんな紳士的な問いにも、暴力的な侮辱にも、男は決まってこう返した。

「私は街の飼い主です。今は散歩の途中で、リードを離すと逃げてしまうから、街が満足するまでここに居るのです」

人々は彼を気狂いだと思い、大いに笑った。それでも男はずっとそこにいた。雨の日に傘をささず、晴れの日に日光を楽しまず、夏の猛暑に涼をとらず、冬の極寒に暖をもとめず。

そんな日が何年も続いたある夜、ぽつりと男が言う。

「…もういいのかい。じゃあ、行こうか」

そして、街は


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へえ~ここがオーストリアの首都か、ちょっと入ってみよ ウィーン
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