今週気付いたこと。走馬灯を見た記憶の話。
走馬灯を見たことがあるだろうか。
私はある。歯医者さんで。
あの物理的なやつじゃなくて、いわゆる「思い出が走馬灯のように頭を巡った」という現象だ。死ぬ直前に見るほうね。
数年間、虫歯だと自覚しつつ痛みが発症しても数日経つとおさまるので、だましだまし過ごしていたのだが、ついに惨事が起こった。
あれは忘れもしない、居酒屋にて大根のパリパリサラダなるものを食べていた時である。パリパリの由縁でもあるベビースターのような物体をそれこそパリパリ食べていると、やけに強固な歯ごたえとともに「ヴォリヴォリィィ!」という音が店内に響き渡った。いや、店内は言いすぎだが2m四方くらいには聞こえたんじゃなかろうか。
あわてて口内の異物をつまみだすと、見慣れないようで見慣れた白いかたまりだった。歯である。トゥース。
虫歯菌に冒されてもはや崩壊寸前のバベルの塔だった歯が、パリパリサラダのいかづちによって崩れ去ったのだ。と、よくわからない過剰な比喩を使うくらいびっくりしたのである。
一緒に飲んでいたメンバーに歯が折れたことを面白おかしく話したが、5分ほどで別の話題になったので、歯はそっとポケットにしまった。
歯医者に行かねばならない状況だが、いかんせんめんどくさい。しかし前から4本目の歯なので、しゃべったり笑ったりすれば歯抜けがばれてしまう。
小学生なら「かわいいね」で済まされるところだが、こちとらおじさんである。後日、しぶしぶ勤務先の近くの歯医者に予約を入れた。
その歯医者の評判はけっこう賛否が分かれており、ざっくり言うと院長が良くて副院長(息子)が良くないらしい。
いざ診察室に通されると、若い先生が入ってきた。否のほうだ。
そんなガックリ感をよそに、いよいよ治療がはじまった。
聞けば歯ぐきから出ている3分の2が折れているので、残り3分の1をつかんで引っこ抜かなくてはならないらしい。残っている部分が少ないので大変だとも言っていた。今思い出して書いていてもゾッとする。
ちなみに私は歯医者の麻酔が好きだ。
麻酔を打たれた後の飲みものの飲めなさがたまらない。ひとりでいても、おのずとニヤニヤしまう。
下の歯ぐきに打てば下唇が感覚的に肥大し、気分はいかりや長介だし。
今回は上の歯ぐきに打たれたので、脳内イメージでは“かりあげクン”になった。かりあげクンに限らず、植田まさしがかくキャラクター全般の上唇の感じだ。わからん人はわからんままでよろしい。
麻酔もがっつり効き、“おおきなかぶ”のごとく歯を引っこ抜く段階に入る。
しかしというかやはりというか、簡単には抜けない。ガンガン!ゴリゴリ!チュイーン!という音と振動が伝わるが、こわくて目を閉じているのでどういう状況かはわからない。悪の組織が私の歯をペンチのようなもので引っ張ったりハンマーで叩いたり手がドリルの怪人が歯を削ったりしている妄想の映像が閉じたまぶたの裏で上映されている。もうそろそろエンドロールを流してくれ。
体感的に小一時間が過ぎた頃、ほっぺたから1本生えている太いヒゲが毛根からズボッと抜ける50倍くらいのズボッという爽快感とともに、フッと体が軽くなった。
その時である。意識がふわふわとなり、小学生の頃から最近までの思い出が走馬灯のように巡ったのだ。あまりにリアルな映像で「あぁ、こんなこともあったなぁ。楽しかったなぁ。あ、これ走馬灯だなぁ。死んでしまうのかなぁ…」と、走馬灯を見ながらそれが走馬灯だという認識があった。
無事走馬灯を見終えた後、意識がもどった。はっとまわりを見ると隣で看護師さん(若い女性!)が手をにぎってくれているではないか。天国か。セブンスヘブンにたどり着いてしまったのか。
「具合はどうですか?」「ああ、だいぶよくなりました」
死んでなかった!
どうやら様子がおかしかったので安心するように手をにぎってくれていたのだ。
なにそのサービス。オプションですか?
つかの間の天国モードを堪能し、これにて治療完了となった(正確には後日、ブリッジの治療をした)。お疲れさまでした。
といったことがあったのだが、これってもしかして本番の時に見る走馬灯にはこの時の走馬灯も含まれるんじゃないか。劇中劇みたいな走馬灯中走馬灯。
それ記事にしたいな。

koge

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